
静寂に包まれた和室。張り詰めた空気の中で響くのは、駒音(こまおと)だけ。パチリ、パチリと、盤の上に物語が紡がれていく。
その指先が描くのは、単なる勝敗の行方ではありません。それは言葉を持たない対話であり、魂の削り合いです。
盤の前に座る彼らを、私たちは何と呼ぶのでしょうか。
単なる「プレイヤー」という言葉では片付けられない、歴史と格式、そして血の滲むような修練を背負った人々。将棋を指す人々の呼び名には、その背景にある文化の重みが込められています。
本記事では、将棋を指す人々の呼称から始まり、プロ棋士という特異な職業の深淵、そして盤上のドラマを彩る人間模様まで、徹底的に深掘りしていきます。
【本記事の信頼性】
本記事は、公益社団法人日本将棋連盟の公式見解、公的な棋戦規定、および歴史的文献に基づき、正確性を期して執筆されています。
- 出典:公益社団法人 日本将棋連盟
- 参考:文化庁「言葉のQ&A」(日本語の用例)
- データ参照:名人戦・順位戦(日本将棋連盟)
将棋を指す人のことを何と言う?

将棋盤を挟んで向かい合う二人の人間。彼らを指す言葉は、その立場や技量、そして職業的側面によって厳密に使い分けられています。
呼び方
最も広く、一般的に使われる言葉は「指し手(さして)」あるいは単に「対局者」です。
しかし、将棋の世界には、より明確な境界線が存在します。
- 棋士(きし): 将棋盤での戦いを職業とする、日本将棋連盟に所属する正規のプロフェッショナル。「プロ棋士」とも呼ばれます。彼らは四段以上の段位を持ち、現代においては「天才」の代名詞でもあります。
- 女流棋士(じょりゅうきし): 女性のみで構成されるプロ組織に属する職業棋士。制度上、「棋士」とは別の枠組みですが、同様に厳しい勝負の世界に生きています。
- アマチュア(アマ): 趣味として将棋を楽しむ人々。愛好家、将棋ファン。実力がプロ並みであっても、制度上のプロ資格を持たない限りはアマチュアと呼ばれます。
- 将棋指し(しょうぎさし): 古くは賭け将棋で生計を立てる真剣師などを指すこともありましたが、現在では親しみを込めて将棋愛好家全般、あるいはプロを指して「将棋指し」と呼ぶこともあります。文学的な響きを持つ言葉です。
棋士とは?
「棋士」。この二文字が持つ重みは計り知れません。
単に将棋が強いだけの人を、棋士とは呼ばないのです。
狭義には、日本将棋連盟のプロ養成機関である「奨励会」を突破し、四段に昇段した者だけが名乗ることを許される称号です。日本の全人口の中で、現役の棋士はわずか170名程度。彼らは江戸時代から続く「将棋所」の系譜を継ぎ、伝統文化の継承者としての側面と、賞金を稼ぐアスリートとしての側面を併せ持ちます。
彼らが手にする扇子の一振り、盤上に打ち下ろす駒の一音には、人生のすべてが懸かっています。
なぜ将棋を「指す」という?
囲碁は「打つ」と言いますが、なぜ将棋は「指す」と言うのでしょうか。
この言葉の綾には、日本人の身体感覚と道具への意識が隠されています。
囲碁の石は、盤上の交点に「打ち下ろす」ものです。物理的な打撃のニュアンスが含まれます。対して将棋の駒は、マス目の中に配置し、あるいは移動させます。
- 指し示す動作: 将棋は、自分の意志で駒の進む方向を「指し示す」ゲームです。人差し指と中指で駒を挟み、スッと盤上を滑らせて目的地へ誘う所作。これが「指す」という動詞の根源にあると言われています。
- 指揮官としての視点: 英語で言えば、囲碁は “Play” や “Strike” のニュアンスに近いかもしれませんが、将棋の「指す」は “Direct” や “Point” に近い感覚です。軍勢を指揮し、進軍先を指差す将軍の視点。それが「将棋を指す」という言葉に凝縮されているのです。
もしあなたが棋書を読み、その奥深さに触れたなら、単に駒を置くのではなく、未来を「指し示す」感覚が理解できるはずです。
将棋を指す人「棋士」を深掘り

プロ棋士という生き物は、常人には理解しがたい精神構造を持っています。朝から深夜まで、食事の時間すら惜しんで盤面に没頭し、千手先の未来を読み解く。
ここでは、そんな選ばれし者たちの世界を深掘りします。
プロ棋士ランキング
プロ棋士の世界は、残酷なまでの実力主義による階級社会です。その序列は「順位戦」と「竜王戦」という二大棋戦によって明確に格付けされています。
特に「順位戦」のクラスは、棋士の給与や待遇、そして名誉に直結します。
| クラス | 定員・概要 | 通称 |
|---|---|---|
| A級 | 10名。名人への挑戦権を争う最高峰のリーグ。ここに在籍するだけで一流の証。 | 棋界のトップ10 |
| B級1組 | 13名。A級への昇級を目指す、通称「鬼の住処」。実力者がひしめく。 | 鬼の住処 |
| B級2組 | 約20〜30名。ベテランと若手が交錯する激戦区。 | – |
| C級1組 | 約30名。昇級枠が少なく、抜け出すのが困難な沼。 | – |
| C級2組 | 約50名。新人棋士はここからスタートする。降級点制度があり、成績不振が続くとフリークラスへ陥落する恐怖がある。 | 登竜門 |
| フリークラス | 順位戦に参加できない棋士。規定の成績を挙げないと引退に追い込まれる崖っぷち。 | – |
このランキングを駆け上がる様を見るなら、ABEMA将棋チャンネルでの観戦が欠かせません。順位戦の最終局は「将棋界の一番長い日」と呼ばれ、深夜まで及ぶ死闘が繰り広げられます。
有名なプロ棋士

歴史に名を刻む棋士たちは、その指し手だけでなく、強烈な個性で私たちを魅了します。
藤井聡太
現代の将棋界を語る上で、この神童の名を避けることはできません。
14歳2ヶ月という史上最年少でプロ入りし、デビューから無敗のまま29連勝という金字塔を打ち立てました。
彼の将棋は、AI(人工知能)すらも凌駕すると評される終盤の読みの正確さと、既成概念にとらわれない序盤構想が特徴です。史上初の「八冠」制覇(現在は七冠)を成し遂げた若き王者は、常に進化し続けています。彼の対局を見るために囲碁将棋チャンネルを契約するファンが急増したのも頷ける話です。
加藤一二三(ひふみん)
「神武以来の天才」と呼ばれ、中学生でプロ入りした伝説の棋士。最高齢現役記録や、最多対局数など数々の記録を保持して引退しました。
対局中に賛美歌を歌う、滝のように水を飲む、おやつの板チョコを大量に食べるなど、愛すべきキャラクターで「ひふみん」としてお茶の間の人気者になりましたが、全盛期の将棋は「棒銀」一筋の剛直かつ破壊力抜群のスタイルで恐れられていました。
桐谷さん
バラエティ番組で「株主優待で暮らす自転車のおじさん」として有名な桐谷広人さんですが、彼は元プロ棋士(七段)です。
現役時代は「コンピュータ桐谷」の異名を取り、研究熱心な受け将棋で知られていました。引退後に投資家としての才能が開花しましたが、その緻密な分析力は、まさに将棋で培われたものでしょう。
プロ棋士になるには?
プロ棋士への道は、「狭き門」という言葉すら生ぬるい、過酷な一本道です。
基本的には、日本将棋連盟の養成機関「奨励会(しょうれいかい)」に入会しなければなりません。
全国の天才少年・少女たちが集まり、月2回の例会で潰し合いを行います。
6級からスタートし、何度も昇級・昇段を重ね、最終的に「三段リーグ」という地獄の総当たり戦で上位2名に入らなければ、四段(プロ)にはなれません。
多くの若者が青春のすべてを捧げ、それでも夢破れて去っていく。それが奨励会です。
その厳しさは、将棋を題材にした作品、例えば『3月のライオン』などでも克明に描かれています。また、実録を知りたい方は、Kindleで配信されている将棋ノンフィクションを読むと、その壮絶さに胸が締め付けられるでしょう。
プロ編入試験
長らく、奨励会を退会した者は二度とプロになれないとされてきました。
しかし、アマチュアとして圧倒的な成績を残した者がプロへの挑戦権を得る「プロ編入試験」という制度が整備されました。
これは、夢を諦めきれなかった者たちへの、針の穴を通すようなラストチャンスです。
条件は極めて厳しく、プロとの公式戦で「直近10勝以上かつ勝率6割5分以上」という成績が求められます。このハードルを越えた者だけが、5人の新鋭プロ棋士との五番勝負に挑み、3勝すれば晴れてプロ棋士となれるのです。
プロ編入試験合格者一覧
歴史上、この「裏ルート」とも言える過酷な試験を突破し、プロになった棋士はごくわずかです。
| 合格年月 | 氏名 | 備考 |
|---|---|---|
| 2005年11月 | 瀬川晶司 | 制度化のきっかけとなったパイオニア。サラリーマンからの転身。 |
| 2014年12月 | 今泉健司 | 奨励会三段リーグで次点2回の無念を経て、介護職を経て悲願のプロ入り。 |
| 2020年2月 | 折田翔吾 | YouTuber「アゲアゲさん」として活動しながら実力を磨き合格。 |
| 2023年2月 | 小山怜央 | 史上初の「奨励会未経験」からのプロ棋士。岩手県初のプロ棋士。 |
女性のプロ棋士
ここで注意が必要なのは、「女性の棋士(いわゆる正規の棋士)」と「女流棋士」の違いです。
- 女性棋士: 奨励会を突破し、四段になった女性。現在、将棋の歴史上、まだ一人も誕生していません。(※里見香奈さんが三段リーグまで進みましたが、惜しくも退会しました)
- 女流棋士: 女性専用のプロ組織に所属する棋士。現在はこちらが女性プロの主戦場です。
しかし、近年の女流棋士の実力向上は目覚ましく、公式戦で男性棋士を撃破することも珍しくありません。近い将来、必ずや女性初の「棋士」が誕生することでしょう。
女流棋士の華やかな、しかし激しい戦いはDMM TVなどの配信サービスでも注目を集めています。
プロ棋士の年齢制限はなぜ?
奨励会には「満21歳までに初段」「満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段」になれなければ退会、という残酷な年齢制限(タイムリミット)があります。
なぜこれほど厳しいのでしょうか。
主な理由は、「若さゆえの吸収力と、人生の再出発」です。
将棋の才能は10代でピークを迎える部分が多く、20代後半で芽が出なければ、その後の成長は難しいという経験則があります。
また、将棋しか知らない若者が30歳、40歳になってから社会に放り出されるのはあまりに酷です。26歳であれば、まだ大学に入り直したり、別の職に就いたりして人生をリセットできる。
この年齢制限は、組織としての代謝を保つためであると同時に、若者たちの未来を守るための「親心」とも言える非情なルールなのです。
プロ棋士は何歳まで?定年は?
晴れてプロになれば一生安泰かというと、そうではありません。
プロ棋士には「定年」や「引退規定」が存在します。
- 順位戦からの陥落: C級2組からフリークラスへ落ち、そこでも規定の年数(およそ10年)以内に復帰できなければ引退となります。
- 年齢による引退: フリークラス棋士は、満60歳(一部条件で65歳)を迎えると定年引退となります。
つまり、勝ち続けなければ、盤の前に座る権利を奪われるのです。このプレッシャーの中で彼らは戦い続けています。
私の見解・考察:指先が紡ぐ「孤独」と「自由」
長年、数多の対局を見つめ、多くの棋書や文献に触れてきた一人の観測者として、将棋を指すという行為の深淵について私なりの考察を記したいと思います。
なぜ、私たちは彼らの姿にこれほどまでに心を揺さぶられるのでしょうか。
盤上の「ベクトル」としての意志
先述の通り、将棋は「指す」ものであり、囲碁は「打つ」ものです。
この「指す」という行為には、明確な「未来へのベクトル」が含まれていると私は感じています。
駒を掴み、盤上のある一点に向かって指し示す。その瞬間、棋士は過去の定跡や膨大な研究というデータを背負いながら、未確定の未来へ向かって「私はこちらの道を行く」と宣言しているのです。
それは単なるゲームの操作ではなく、人生の岐路における決断のメタファー(隠喩)でもあります。
指先が震えるほどの極限状態の中で、それでも前へ進む道を選ぶ。その姿に、私たちは自らの人生を重ね合わせ、勇気をもらうのではないでしょうか。
「絶対孤独」という美しい檻
将棋は、残酷なまでに「個」の戦いです。
団体戦のスポーツのように、ミスをしたときにカバーしてくれるチームメイトはいません。コーチがタイムアウトを取って助言をくれることもありません。
盤の前に座ったが最後、すべての責任は自分一人にのしかかります。
タイトル戦の控室や、深夜の将棋会館には、言葉では表現できない濃密な「孤独」が漂っています。
かつて、ある若手棋士が「タイトル戦はすさまじい孤独だ」と語りました。その孤独は、誰にも理解されない、理解させてはいけない聖域です。
しかし、その絶対的な孤独の中にこそ、逆説的に「究極の自由」が存在するのだと思います。
誰にも邪魔されず、自分の頭脳と美意識だけを頼りに、81マスの宇宙を創造する自由。その美しさと引き換えに、彼らは孤独という檻に入っているのです。
AI時代に人間が指す意味:「震える指」の価値
AIが人間を凌駕したと言われる現代において、「人間が将棋を指す意味」が問われています。
正解を知りたければ、AIに聞けば0.1秒で答えが出ます。
それでも私たちが人間の対局に熱狂するのはなぜか。
それは、人間が「間違える生き物」だからであり、「恐怖する生き物」だからです。
羽生善治九段の手が、勝負どころで震えるのは有名な話です。それは恐怖からではなく、読みが深淵に達し、盤上の真理に触れた瞬間の武者震いだとも言われています。
AIの指し手には「物語」はありませんが、人間の指す一手には、そこに至るまでの苦悩、迷い、そして決断のドラマが凝縮されています。
Kindle Unlimitedで読める数々の棋士の伝記やエッセイを読むと、彼らがいかにしてその一手に人生を刻んできたかが分かります。
完璧ではないからこそ美しい。
朽ちていく肉体と、それに抗う精神。
将棋を指す人とは、デジタルの冷徹な正解に対する、アナログな生命の灯火(ともしび)そのものなのかもしれません。
よくある質問Q&A

Q1. 将棋の駒は何でできていますか?
高級な駒は、御蔵島産の「ツゲ(黄楊)」という木で作られています。使い込むほどに飴色に輝き、指に馴染みます。普及品にはカエデやプラスチックも使われます。もし本物の感触を味わいたいなら、将棋駒にこだわってみるのも一興です。
Q2. プロ棋士の年収はどれくらいですか?
トップ棋士になれば、年収1億円を超えます。しかし、下位の棋士は対局料だけでは生活が厳しく、将棋教室や指導対局、執筆活動などで生計を立てることもあります。ココナラなどでプロや元奨励会員による指導対局が受けられるのも、こうした背景があります。
Q3. アマチュアがプロに勝つことはありますか?
平手(ハンデなし)では、トップアマであってもプロに勝つのは至難の業です。しかし、プロ編入試験を受けるレベルのアマチュアであれば、若手プロや不調のプロに勝つことは十分にあり得ます。このジャイアントキリングこそが将棋の醍醐味の一つです。
Q4. 将棋を覚えるのに良い方法は?
まずはブックライブなどで初心者向けの漫画や入門書を読むことから始めましょう。ルールを覚えたら、詰め将棋で「終盤の感覚」を養うのが上達の近道です。また、定額で読み放題のKindle Unlimitedを利用して、多くの戦術書に触れるのもおすすめです。
Q5. 対局中に食事は出ますか?
タイトル戦などの重要な対局では、「将棋めし」として地元のおいしい食事が提供されます。これもファンの楽しみの一つです。通常の対局では、自分たちで注文(出前)を取ります。
まとめ:将棋を指す人のことを何と言う?指先に宿る熱。静寂を切り裂く魂の音色

将棋を指す人。
それは、81マスの宇宙に無限の可能性を見出す探求者たちです。
プロである「棋士」は、人生という時間のすべてをその盤上に注ぎ込み、魂を削って「最善の一手」を追求します。
私たちが彼らを「棋士」と呼ぶとき、そこには単なる職業名を超えた、敬意と畏怖の念が含まれています。
指し手たちの苦悩、歓喜、そして静寂の中の情熱。
次にあなたが将棋のニュースを見たり、実際に対局時計を押して指したりするとき、その背景にある深遠なドラマを感じてみてください。
その瞬間、パチリという駒音は、これまでとは違った響きを持ってあなたの心に届くはずです。

