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将棋世界大会の実態|賞金は?海外の熱狂が想像以上だった

将棋世界大会の実態|賞金は?海外の熱狂が想像以上だった

駒音だけが、静寂を支配していた。

言葉はいらない。肌の色も、瞳の色も、母国語の違いさえも、この81マスの盤上では何の意味も持たない。ただ、「王」を詰むか、詰まされるか。その純粋な理(ことわり)だけが、私たちを繋いでいる。

私はかつて、将棋というゲームは「日本の古き良き伝統」であり、畳の上で正座をして指すものだと信じて疑わなかった。しかし、その認識は世界を知ることで心地よく裏切られることとなる。パリのカフェで、上海の公園で、あるいはニューヨークの摩天楼の一角で、あの使い込まれた将棋盤が広げられている光景を想像できるだろうか。

「将棋世界大会」。その響きには、どこか不思議な高揚感がある。日本という島国で熟成されたこの知的遊戯が、海を渡り、異国の地でどのように花開いているのか。それは単なる勝負の記録ではない。文化と文化が衝突し、融合し、新たな火花を散らす瞬間の連続なのだ。

私がこの記事を通して伝えたいのは、単なる大会の概要ではない。盤上に見える「世界」の景色、そして私たちがまだ知らない将棋の可能性についてである。もしあなたが、これからの将棋界がどこへ向かうのか、あるいは自分もその熱気の一部になりたいと願うなら、ぜひ最後までお付き合いいただきたい。

さあ、深呼吸をして。世界への扉を開けよう。

【本記事の信頼性】
本記事は、筆者の長年にわたる将棋観戦・実践経験に加え、以下の公的機関・公式サイトの情報を基に構成されています。

この記事を書いた人
将棋沼の住人N

東京都出身・在住の20代将棋系Webライター
将棋歴:15年
棋力:将棋ウォーズ四段 / 将棋クエスト五段 / 詰めチャレ六段
得意戦法:中住まい
推し棋士:屋敷伸之九段

将棋世界大会の基本

将棋世界大会の実態|賞金は?海外の熱狂が想像以上だった

将棋世界大会とは?

「将棋の世界チャンピオンは誰か?」

そう問われたとき、私の脳裏に最初に浮かぶのは、藤井聡太竜王・名人をはじめとする日本のトッププロ棋士たちの顔だ。正直に言おう。実質的な「世界最強」を決める戦いは、日本のプロ棋戦(竜王戦や名人戦など)で行われているのが現状である。なぜなら、将棋のプロ制度は日本国内にしか存在せず、そのレベルは他の追随を許さないほど突出しているからだ。

しかし、「将棋世界大会」という言葉が指し示すものは、プロ棋士の頂上決戦とは少し趣が異なる。それは、「アマチュアによる国際的な将棋の祭典」を意味することがほとんどだ。

私が思うに、ここには「強さ」だけではない、もっと根源的な「将棋への愛」が試される場がある。世界各国から集まる代表選手たちは、必ずしも幼少期から英才教育を受けたわけではない。ある者は日本のアニメを見てルールを覚え、ある者はネット将棋で腕を磨き、孤独に定跡書を読み漁って強くなった。そんな彼らが一堂に会する場所、それが将棋世界大会なのだ。

具体的に「世界大会」と呼ばれるものはいくつか存在するが、最も権威があり、規模が大きいのが、日本将棋連盟が主催する「国際将棋フォーラム(International Shogi Forum: ISF)」である。これは、いわば「将棋のオリンピック」とも呼ぶべきイベントだ。

もしあなたが、これから将棋を始めたい、あるいはもっと深く知りたいと思っているなら、まずはブックライブBOOK☆WALKERといった電子書籍サービスで、初心者向けの棋書を手に取ってみることをお勧めする。世界への第一歩は、常に基本的なルールの理解から始まるのだから。

国際将棋フォーラム

この「国際将棋フォーラム(ISF)」について、もう少し深掘りしてみよう。私がこのイベントに特別な感情を抱くのは、その開催頻度の希少さにある。ISFは、原則として3年に1度しか開催されない。オリンピックが4年に1度であることを考えれば、その重みが想像できるだろうか。

第1回大会が開催されたのは1999年のこと。以来、東京、静岡、北九州など、日本の各地を巡りながら、時には海外(2002年の第2回大会は東京だが、その後海外開催の構想も議論されてきた経緯がある)からの参加者を増やし続けている。直近では2027年に開催される予定であり(※執筆時点での情報)、世界中の将棋ファンが固唾を呑んでその動向を見守っている。

大会のメインイベントは「国際将棋トーナメント」だ。ここには、各国・地域での予選を勝ち抜いた代表選手が出場する。私が以前、会場で目撃した光景は忘れられない。フランスの代表と中国の代表が対局し、感想戦(対局後の振り返り)では、拙い英語と身振り手振りを交えながら、互いの読み筋を笑顔で確認し合っていたのだ。そこには言葉の壁を超えた、棋士としての強烈なシンパシーが存在していた。

参加国は年々増加傾向にあり、アメリカ、ヨーロッパ諸国はもちろん、アジア、南米、アフリカからも選手が参加することがある。彼らの棋風は、日本の定跡にとらわれない独創的なものが多い。「力戦」と呼ばれる定跡外の戦いに持ち込まれたとき、日本の強豪アマチュアでさえも苦戦を強いられることがある。それが、この世界大会の恐ろしさであり、魅力でもある。

なお、海外の将棋事情や選手のバックグラウンドを知るには、ABEMA将棋チャンネルなどの放送で、たまに特集される国際イベントの様子をチェックするのも良いだろう。映像を通して見る彼らの真剣な眼差しは、私たちに「将棋とは何か」を問いかけてくる。

将棋フェスティバル

世界大会は、単に最強を決めるだけの殺伐とした場ではない。むしろ、私が強く惹かれるのは、同時開催される「将棋フェスティバル」としての側面だ。

競技会場の隣では、プロ棋士による指導対局や、大盤解説会、そして日本の伝統文化を紹介するブースが所狭しと並ぶ。ここでは、勝負の厳しさとは対照的な、温かい交流が生まれている。海外の選手たちが、日本の職人が作った精巧な将棋駒を手に取り、その手触りや漆の美しさに感嘆の声を上げる。あるいは、扇子に揮毫(きごう)された漢字の意味を熱心に尋ねる姿が見られる。

私自身、こうしたフェスティバルの会場で、見知らぬ海外の青年と詰将棋を出し合った経験がある。彼が私の出した問題を解き、「Japanese Tsume-Shogi is very beautiful!」と目を輝かせたとき、私は日本人として誇らしい気持ちになったものだ。

また、こうしたイベントでは、将棋に関連するあらゆるグッズが販売される。美しい木目の駒台や、持ち運びにも便利な駒袋、そして対局の緊張感を高める扇子など、普段は専門店に行かなければ手に入らないような逸品に出会えるチャンスでもある。

フェスティバルは、将棋が単なるボードゲームではなく、日本文化そのもののアンバサダーであることを再認識させてくれる場なのだ。

賞金

さて、現実的な話もしよう。世界大会の賞金についてだ。 「世界一になれば、さぞかし莫大な賞金が手に入るのだろう」と想像するかもしれない。しかし、その期待は半分正解で、半分は外れである。

まず前提として、国際将棋フォーラムなどの主要な世界大会は、基本的に「アマチュア」を対象としている。そのため、日本のプロ棋戦(例えば竜王戦の優勝賞金4400万円など)と比較すると、金額的な規模は大きく異なる。

私の調査と経験に基づく知見を以下の表にまとめてみた。あくまで目安ではあるが、プロとアマチュアの「世界」の差を感じていただけるはずだ。

大会種別主な大会名賞金・賞品の目安名誉・価値
プロ棋戦竜王戦
名人戦
数千万円規模
(竜王戦は最高額)
日本最強=実質的な世界最強。
歴史に名を刻む。
アマチュア国内アマ竜王戦
アマ名人戦
数十万円程度
+プロ棋戦への出場権
アマチュア棋界の頂点。
プロ編入試験の足掛かり。
世界大会(国際)国際将棋フォーラム
(ISF)
名誉が主体
(トロフィー、免状、記念品)
※旅費滞在費は主催者負担の場合多し
「世界一」の称号
母国での普及活動への箔が付く。
国際親善大使的な役割。

このように、国際将棋フォーラムにおいて、現金としての「賞金」が前面に出ることは少ない。優勝者には、日本将棋連盟会長からの賞状、トロフィー、そして高段位の免状などが授与される。加えて、副賞として高級な将棋盤や駒が贈られることもある。

しかし、私が思うに、彼らにとっての最大の報酬は「金銭」ではない。自国の代表として日本に招かれ、聖地・将棋会館や有名なホテルで対局し、伝説的なプロ棋士と交流できること。その体験そのものが、お金には代えられないプライスレスな価値を持っているのだ。

もちろん、最近では民間企業がスポンサーとなる非公式の国際大会や、オンラインの賞金付き大会も増えてきている。そうした情報をキャッチアップするには、日頃から囲碁将棋チャンネルなどで最新のニュースに触れておくことが重要だ。

もしあなたが「将棋でお金を稼ぐ」ことに興味があるなら、大会の賞金を目指すよりも、ココナラなどで自身の棋力を活かし、指導対局や棋譜添削のサービスを提供する方が、より現実的かつ建設的なアプローチかもしれない。教えることは学ぶことであり、それは自身の棋力向上にも直結するからだ。

将棋世界大会を深掘り

将棋世界大会の実態|賞金は?海外の熱狂が想像以上だった

将棋の世界人口

「将棋は日本のローカルゲームだ」。かつてはそう言われていた。しかし、今やその認識は急速にアップデートされつつある。では、実際にどれほどの人々がこのゲームに興じているのだろうか。

正確な統計をとることは難しいが、一般的に日本の将棋人口は500万人から1,000万人程度と言われている(「レジャー白書」等の定義による)。では、世界全体ではどうだろうか。

私の推計といくつかの資料を照らし合わせると、海外の将棋人口は数万人から十数万人規模と見られる。数字だけを見れば、チェス(数億人とも言われる)には遠く及ばない。しかし、ここで注目すべきは「数」ではなく「熱量」と「成長率」だ。

特にインターネットの普及は革命的だった。かつては日本語の専門書でしか学べなかった定跡が、今や英語、中国語、フランス語に翻訳され、YouTubeやアプリを通じて瞬時に共有される。Kindleで海外の著者が書いた将棋の入門書(英語のShogi本)が出版されているのを見つけたとき、私は時代の変化を痛感した。また、Kindle Unlimitedを利用すれば、日本の棋書を安価に読み漁ることができるため、日本語を学ぶ海外の熱心なファンも増えているという。

中国、台湾などのアジア圏はもちろん、ポーランドやベラルーシといった東欧諸国でも将棋人気は根強い。彼らはチェスの素養があるため、将棋の複雑な戦術を理解するスピードが驚くほど速いのだ。「持ち駒」という、チェスにはない再利用の概念が、彼らの知的好奇心を刺激してやまないのだろう。

将棋の世界ランキング

世界大会があるのなら、テニスやゴルフのような「世界ランキング」が存在するのではないか? そう考えるのは自然なことだ。しかし、将棋の世界において、統一された「世界ランキング」はまだ存在しないというのが正確なところである。

プロ棋士には「順位戦」に基づく厳格な序列や、獲得賞金ランキングが存在する。しかし、これはあくまで「日本将棋連盟に所属するプロ」の中での順位だ。

一方、アマチュアの世界では、オンライン対局サイト(81Dojo、将棋ウォーズ、将棋倶楽部24など)がそれぞれのレーティングシステムを持っており、それが実質的な「強さの指標」となっている。特に「81Dojo」は国際普及に力を入れており、世界中のプレイヤーが同じ土俵で戦っているため、ここでのレーティングは国際的な実力を測る一つの物差しと言えるだろう。

私は以前、あるオンライン対局で、プロフィールに「Location: Brazil」とある相手と対戦したことがある。地球の裏側にいる相手と、リアルタイムで駒を動かし合う。ラグ(通信遅延)の向こう側に、相手の息遣いさえ感じるような濃密な時間。その対局が終わった後、画面上のレートが変動するのを見て、私は「これが現代の世界ランクなのかもしれない」と妙に納得したのを覚えている。

もしあなたが自分の実力を世界基準で試したいなら、まずは棋書で定跡を固め、オンラインの海へ飛び込んでみるのが良いだろう。そこには、まだ見ぬ強豪たちが手薬煉を引いて待っている。

世界コンピュータ将棋選手権

将棋世界大会の実態|賞金は?海外の熱狂が想像以上だった

さて、ここから話は少しSFじみた領域へと入っていく。「人間 vs 人間」の世界大会の傍らで、もう一つの、そしてある意味では人間を遥かに凌駕してしまった「神々の戦い」が行われていることをご存知だろうか。

それが、コンピュータ将棋協会(CSA)が主催する「世界コンピュータ将棋選手権(World Computer Shogi Championship: WCSC)」である。

私がこの大会に初めて注目したのは、AIがプロ棋士を凌駕し始めた2010年代中盤のことだ。かつては「コンピュータに将棋は無理だ」と笑われていた時代があった。しかし、開発者たちの血の滲むような努力と、ディープラーニングという技術革新が、その常識を完全に覆した。

この大会は、最強の将棋AI(ソフト)を決める場であると同時に、将棋というゲームの「真理」を解明するための実験場でもある。参加チームは個人開発者から、企業、大学の研究室まで多岐にわたる。彼らが持ち寄るプログラムは、1秒間に数千万、数億という局面を読み、人間には到底思いつかないような一手を繰り出す。

水匠

近年のコンピュータ将棋界を語る上で、避けて通れない名前がある。それが「水匠(すいしょう)」だ。

弁護士資格を持つ開発者・たややん氏によって開発されたこのソフトは、その探索効率の良さと、評価関数の精緻さで知られる。私が「水匠」の棋譜を見て戦慄したのは、その指し回しが冷徹でありながら、どこか有機的な美しさを帯びていたからだ。無理攻めをせず、相手のミスを咎め、真綿で首を絞めるように優勢を拡大していく。

現在、多くのプロ棋士が研究パートナーとしてAI導入しており、その筆頭格として利用されているのがこの系統のソフトだ。もはや「人間 vs AI」の対立構造は終わり、今は「AIといかに共存し、AIから何を学ぶか」というフェーズに入っている。私が思うに、水匠のような最強ソフトの存在は、将棋の可能性を閉ざしたのではなく、むしろ私たち人間に「まだ探求すべき広大な海があること」を教えてくれたのではないだろうか。

棋譜

コンピュータ同士の戦いが生み出す「棋譜」。それは、かつては人間には理解不能なノイズ交じりのデータだと思われていた。しかし、今ではそれが「宝の山」として扱われている。

AI同士の対局、特に世界大会の決勝戦レベルの棋譜には、現代将棋の最先端のエッセンスが凝縮されている。角換わり、相掛かり、矢倉……あらゆる戦型において、定跡はAIによって再解釈され、更新され続けている。

私は、趣味としてトッププロの棋譜を並べることがあるが、最近ではAI同士の棋譜を並べることも増えた。そこには、人間の感情や恐怖心がないからこそ踏み込める、危険で美しい手順が記されている。もしあなたが本気で強くなりたいなら、DMM TVなどで将棋アニメを見てモチベーションを高めるのも良いが、冷徹な数字の羅列である「AIの棋譜」と向き合う時間を作ることを強く推奨する。それは、将棋の深淵を覗き込む体験となるはずだ。


私の見解・考察

ここまで、客観的な事実やデータを中心に将棋世界大会の輪郭をなぞってきた。しかし、情報の羅列だけでは伝えきれない「熱」が、この競技には確実に存在する。ここでは、一人の将棋愛好家としての視点から、世界における将棋の現状と未来、そしてその本質的な魅力について、少し踏み込んだ考察を試みたい。

「ガラパゴス」は、進化の証である

私は常々、将棋が「ガラパゴス化」していると言われることに違和感を覚えていた。確かに、チェスが世界共通語(リンガ・フランカ)であるのに対し、将棋は長らく日本という島国の中だけで独自の進化を遂げてきた。しかし、それは「遅れている」ことと同義ではない。むしろ、外界から隔絶された環境だったからこそ、「持ち駒(Captured pieces)」という、人類のボードゲーム史上、最も狂気的で、かつ革命的なルールが生まれ、洗練されたのではないだろうか。

取った敵の駒を味方として再利用する。このルールは、盤上の駒が決して減らないことを意味する。終盤になればなるほど、盤上と駒台にある戦力は飽和し、複雑性は指数関数的に増大する。チェスが「収束」のゲームだとすれば、将棋は「拡散」と「爆発」のゲームだ。

私が世界大会の会場で出会ったある欧州のプレイヤーは、こう語っていた。「チェスは論理の建築物だが、将棋は混沌の泥沼だ。だからこそ、抜け出せないほど面白い」と。彼が言ったその言葉こそ、将棋が世界を魅了する核心を突いている。私たちは、整然とした美しさよりも、泥臭く、予測不能なドラマに飢えているのだ。

アニメ・漫画という「最強の宣教師」

また、近年の世界的な将棋ブームを語る上で、日本のポップカルチャーの貢献を無視することはできない。『3月のライオン』や『りゅうおうのおしごと!』、あるいは『NARUTO』に登場する将棋のシーン。これらは単なる娯楽作品の枠を超え、ルールも知らない海外の若者たちに「Shogi」という単語を刷り込む最強の教科書となっている。

実際、私が知る限り、アニメをきっかけに将棋を始め、日本語の定跡書を辞書片手に解読し、ついには日本へ「聖地巡礼」に訪れる海外ファンは後を絶たない。もしあなたがまだ、将棋を題材にした物語の熱量に触れていないのなら、将棋を題材にした作品のリストをチェックしてみてほしい。そこには、盤上の勝負だけでは見えてこない、棋士たちの葛藤や人生が鮮やかに描かれている。

「対局時計」が刻むのは、命の音だ

世界大会の現場で、私が最も心を揺さぶられる瞬間。それは、終盤戦の秒読みの場面だ。お互いに持ち時間を使い切り、30秒、あるいは60秒という極限の時間内で指し手を決めなければならない。静寂な会場に、対局時計(チェスクロック)を叩く乾いた音だけが響き渡る。

「バシッ、バシッ」

その音は、まるで互いの心臓の鼓動のように聞こえる。言葉も通じない、文化も違う二人が、盤上の一点を見つめ、脳内のニューロンを焼き切れるほど発火させている。その刹那、国境は消滅する。そこにあるのは、知性と知性の純粋な殴り合いだけだ。私はその光景を見るたびに思う。将棋とは、言葉を持たない人間が発明した、最も高度なコミュニケーションツールなのではないか、と。

未来への展望:青い目の名人は誕生するか?

最後に、未来の話をしよう。近い将来、将棋界に「外国人のプロ棋士」が誕生するのは時間の問題だと私は見ている。すでに女流棋界ではカロリーナ・フォルタン女流初段(ポーランド出身)が活躍しており、奨励会(プロ棋士養成機関)に挑戦する海外の子供たちも現れ始めている。

もし、将棋の歴史あるタイトル戦、たとえば名人戦の舞台に、海外出身の棋士が登場したらどうなるだろうか。着物を纏い、正座をし、流暢な日本語で感想戦を行う彼らの姿は、日本の伝統文化が真の意味で「世界の文化」へと昇華したことの証明になるはずだ。

その日は必ず来る。そしてその時、将棋はまた新しい次元へと進化を遂げるだろう。私はその歴史的瞬間を、一人のファンとして、この目で見届けたいと切に願っている。

よくある質問Q&A

将棋世界大会の実態|賞金は?海外の熱狂が想像以上だった

ここでは、将棋の世界大会や国際的な普及に関して、私がよく耳にする疑問や、初心者の方が抱きがちな不安について、Q&A形式で回答していく。

Q1. 将棋の世界大会には、誰でも参加できるのですか?

基本的には「誰でも」というわけではありません。最も権威ある「国際将棋フォーラム(ISF)」の場合、各国・各地域で行われる予選を勝ち抜いた代表選手のみが招待されます。これはオリンピックのようなものです。

ただし、世界大会と併催される「将棋フェスティバル」や、オンラインで開催される世界規模の大会(81Dojo主催の大会など)であれば、棋力や国籍を問わず、誰でもエントリー可能なケースが多いです。まずは、棋書を読んで基礎を固め、地元の将棋クラブやオンライン道場で腕試しをすることから始めてみてください。

Q2. 海外の選手は、正座をして対局するのですか?

結論から言えば、「必須ではありません」。
国際大会では、長時間の正座に慣れていない海外選手への配慮として、テーブルと椅子を用いた対局(椅子対局)が採用されることが一般的です。もちろん、日本文化へのリスペクトからあえて正座(畳の上の対局)を希望する選手もいますが、足が痺れて思考に集中できなくなっては本末転倒ですから、柔軟に対応されています。

Q3. 英語ができなくても、海外の人と将棋は指せますか?

全く問題ありません。私が保証します。
将棋のルールは世界共通です。「王手(Check)」「詰み(Checkmate)」「投了(Resign)」といった最低限の単語さえ分かれば、あるいはそれすら分からなくても、盤上の駒の動きだけで意思疎通は成立します。
実際、オンライン対局ではチャットなしで淡々と指すことも多いですし、リアルな場でも「お辞儀」と「笑顔」があれば十分です。言葉の壁を恐れず、ぜひ将棋駒を通してコミュニケーションをとってみてください。

Q4. 日本以外で将棋が強い国はどこですか?

一概には言えませんが、近年では中国(特に上海)や台湾などのアジア圏、そしてアメリカ、フランス、ポーランドなどの欧米諸国に強豪が多い傾向にあります。
特に中国には「シャンチー(中国将棋)」の土壌があり、読みの深さが共通するため、適応が早いと言われています。また、東欧諸国はチェスの強豪国が多く、論理的な思考力が将棋にも活かされています。

Q5. 海外の将棋の本(定跡書)はあるのですか?

はい、増えています。かつては日本語の本しかありませんでしたが、現在では英語に翻訳された定跡書や、海外の愛好家が執筆した入門書がKindleなどで出版されています。
また、Kindle Unlimitedを利用すれば、日本の名著を電子書籍として手に入れることができるため、翻訳アプリを駆使して勉強している熱心な海外ファンもいます。知識の流通に国境はなくなりつつあるのです。

まとめ:将棋世界大会の実態|賞金は?海外の熱狂が想像以上だった

将棋世界大会の実態|賞金は?海外の熱狂が想像以上だった

盤上の81マス。それは、宇宙よりも広く、海よりも深い。

本記事では、「将棋世界大会」をテーマに、その仕組みから賞金事情、コンピュータ将棋との関わり、そして私自身の偏愛に満ちた考察までを書き連ねてきた。長文にお付き合いいただいたこと、心より感謝申し上げる。

将棋世界大会は、単に「誰が一番将棋が強いか」を決めるだけの場所ではない。それは、日本で生まれた小さな木片が、海を渡り、言葉の壁を越え、世界中の人々の心を繋いでいることを確認するための祝祭である。

もし、あなたがこの記事を読んで、少しでも「世界と繋がる将棋」に興味を持ったなら、今すぐ行動を起こしてみてほしい。 家に眠っている将棋盤を引っ張り出すのもいい。 ブックライブで新しい戦法の本を探すのもいい。 あるいは、勇気を出してアプリで「対局開始」のボタンを押すのもいい。

あなたが指すその「一手」は、もしかしたら世界を変える一手になるかもしれない。

さあ、盤面に向かおう。 良い将棋を。