
ふと気がつけば、窓の外が白んでいることがある。 たった一局のつもりだったのに、負けた悔しさを引きずり、あるいは勝った興奮を鎮められず、もう一局、あと一局と指し続けてしまう。
盤上の駒音が止んだあとも、脳裏ではまだ銀が舞い、角が睨みをきかせている。 仕事中も、食事中も、ふとした瞬間に「あの一手」がフラッシュバックする。 もしかすると、これを読んでいるあなたも、そんな経験があるかもしれません。
私はそれを愛着を込めて「将棋沼」と呼びます。
当サイト『将棋沼、水深81メートル』は、そんな底なしの魅力に取り憑かれた一人の将棋ファンによる、終わりのない潜水記録です。
81マスの深淵
将棋盤は、縦9マス、横9マス。たった81個の区画でしかありません。 しかし、その狭い盤上で繰り広げられる世界は、宇宙よりも広大だと言われます。
江戸時代の先人たちが積み上げた定跡があり、現代のAIが弾き出す未知の解があり、そして何より、人間同士が魂を削って指す「泥臭い一局」があります。
水深81メートル。 それは物理的な深さではありません。私たちが対局に没頭し、読み耽り、盤上に精神を沈めていく「深度」の比喩です。 浅瀬でピチャピチャと遊ぶのも楽しいけれど、一度その深みを知ってしまえば、もう陸には上がれない。そこには、地上では味わえない静寂と、心臓が早鐘を打つような熱狂が同居しています。
当サイトが大切にする3つのこと
当サイトは、単に「強くなるための教科書」ではありません。 もちろん、棋力向上は将棋指し共通の願いですが、それ以上に大切にしたい価値観があります。
1. 「感情」を記録する
将棋は残酷なゲームです。運の要素が入り込む余地がなく、負けはすべて自分の責任。
だからこそ、負けた時の身を焼くような悔しさと、読み勝った時の震えるような歓喜は、何物にも代えがたい「生の感情」です。
当サイトでは、解説の正しさ以上に、その一局で心がどう動いたか、その熱量を言葉にします。
2. 「過程」を肯定する
初段を目指す人も、高段者も、プロ棋士の妙技に酔いしれる「観る将」も、沼の住人であることに変わりはありません。
たとえ悪手を指してしまっても、長いトンネルのような不調期に陥っても、それは「深く潜っている途中」である証です。
きれいな勝ち方だけが将棋じゃない。もがき、苦しみ、それでも指し続ける「過程」そのものを、当サイトでは全肯定します。
3. 「共鳴」を広げる
将棋は孤独な戦いですが、将棋好きは孤独ではありません。
「今の対局、最高だったね」「あの棋士のあの手が痺れたね」。そんな言葉を交わせる仲間がいるだけで、将棋はもっと楽しくなります。
ここは、同じ深さに潜るダイバーたちが、酸素ボンベを交換し合うような休憩所でありたいと願っています。
結び:ようこそ、底なしの世界へ
将棋を覚えたての人も、何十年も指している人も。 ここには「卒業」がありません。
強くなればなるほど、見えてくる景色は変わり、水圧は増し、その奥深さに気づかされます。 でも、不思議と息苦しくはありません。むしろ、その重みが心地よいのです。
『将棋沼、水深81メートル』。 ここは、将棋という美しくも恐ろしいゲームに魅せられた私たちの、愛すべき居場所です。
さあ、今日も盤に向かいましょう。 深まるほど、面白い。溺れるほど、楽しい。 まだ見ぬ深淵へ、ご一緒に。