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将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

千駄ヶ谷の将棋会館、あるいは関西将棋会館。その静寂の中で駒音が響くとき、私たちはそこに「順位」という名の不可視の重圧を感じ取ります。

将棋界において、名人戦・順位戦こそが背骨であり、棋士の魂の格付けであると信じられています。C級2組からA級、そして名人へ。その階段を上ることこそが棋士の生き様である、と。

しかし、その階段から「降りる」ことを自ら選ぶ、あるいは降りざるを得なかった棋士たちが集う場所があります。

「フリークラス」

かつて私は、この場所を「敗者の指定席」だとか「引退への待機所」という浅はかな認識で見ていました。しかし、多くの棋士の言葉や、十八世名人資格保持者である森内俊之九段の決断を目の当たりにし、その認識は音を立てて崩れ去りました。

そこには、順位戦という呪縛から解き放たれた者だけが手にできる「自由」と、残酷なまでに純粋な「勝負」の世界が広がっていたのです。

本記事では、将棋のフリークラスという制度を、単なるルールの羅列としてではなく、棋士の人生を左右する分岐点として深掘りします。なぜ彼らはそこへ行くのか。そこで何を得て、何を失うのか。私の考察を交えながら、その深淵を覗き込んでいきましょう。

【本記事の信頼性】
本記事は、日本将棋連盟の公式規定および公表データを基に執筆しています。
参考:順位戦について(日本将棋連盟)
参考:現役棋士一覧(日本将棋連盟)
参考:森内俊之九段、フリークラス転出の記者会見(日本将棋連盟)

この記事を書いた人
将棋沼の住人N

東京都出身・在住の20代将棋系Webライター
将棋歴:15年
棋力:将棋ウォーズ四段 / 将棋クエスト五段 / 詰めチャレ六段
得意戦法:中住まい
推し棋士:屋敷伸之九段

将棋のフリークラスのメリット

将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

まず、フリークラスという場所が持つ「光」の部分に焦点を当ててみましょう。一般的にはネガティブな印象を持たれがちですが、視点を変えれば、そこは戦略的な撤退地であり、新たな挑戦のためのベースキャンプでもあります。

フリークラスとは?

フリークラスとは、簡単に言えば「名人戦・順位戦に参加しない現役棋士」のことです。

将棋界には「順位戦」という巨大なリーグ戦が存在します。これはA級からC級2組までの5階層に分かれており、棋士の給料や格式を決定づける最も重要な棋戦です。フリークラスの棋士は、このリーグ戦に参加しません。

しかし、勘違いしてはいけないのは、彼らは決して「引退した」わけではないということです。順位戦以外の公式戦(竜王戦、王位戦、王将戦など)には通常通り参加します。つまり、「名人を目指す権利」は手放しているものの、他のタイトルを目指す権利は有している、非常に特殊な立ち位置なのです。

フリークラスには、大きく分けて2種類の棋士が混在しています。

  1. 宣言によるフリークラス転出者(転出者):自らの意思で順位戦からの離脱を宣言した棋士。
  2. C級2組からの降級者(編入者):成績不振によりC級2組から陥落した棋士。

この2つは似て非なるものです。前者は「選択」であり、後者は「結果」です。しかし、どちらも「順位戦という過酷なマラソンを走らなくてよい」という点では共通しており、ここにメリットの源泉があります。

フリークラス転出

「転出」という言葉には、どこか能動的な響きがあります。これはB級1組以下の棋士が、自らの意思で「来期から順位戦を戦いません」と宣言することを指します。

私がこの制度に強く惹かれるのは、これが棋士にとって「人生の設計図を引き直す権利」だからです。

通常、棋士は60歳を超えてもC級2組に踏みとどまる限り、深夜に及ぶ順位戦を戦い続けます。しかし、体力の低下や、普及活動への注力、あるいは別のビジネスへの挑戦など、個々の事情に合わせて「競技者としてのペース配分」を変えることができるのが、この転出制度の本質です。

転出を宣言すると、基本的には二度と順位戦に戻ることはできません。それは、名人への道を永久に閉ざすという、棋士としての「死」の一部を受け入れる覚悟を伴います。だからこそ、その決断には重みがあり、メリットもまた鮮烈なのです。

メリット

将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

では、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。私が多くの棋士の言動や活動を見て感じ取る主な利点は以下の通りです。

1. スケジュールの自由度と過密日程の緩和

順位戦は持ち時間が長く(B級1組以下でも6時間)、対局は深夜、時には翌朝まで続きます。これが毎月必ず入ることは、体力的な負担が極めて大きいのです。フリークラスになれば、この「月一回の徹夜必至の対局」から解放されます。

2. 特定の棋戦や普及活動への集中

順位戦の対策に使っていた膨大な研究時間を、他の棋戦や、書籍の執筆、教室の運営などに充てることができます。ココナラでの指導対局やイベント出演など、ファンとの交流に重きを置く棋士にとっては、順位戦のプレッシャーがないことは精神的な余裕に繋がります。

3. 「降級点」の恐怖からの解放

C級2組の棋士にとって、最も恐ろしいのは「降級点」です。3回取ればフリークラスへ強制陥落という恐怖は、彼らの胃をキリキリと締め上げます。自ら宣言してフリークラスに行けば、この「落ちる恐怖」とは無縁になります。精神衛生上、これは計り知れないメリットです。

4. 自分のペースでの研究

最新のAI定跡を追うだけでなく、棋書を読み込み、古典を研究するような「自分の将棋」を取り戻す時間も生まれます。

デメリット

光があれば影があります。メリットを享受する代償として、以下のデメリットを受け入れなければなりません。

  • 名人への道が絶たれる:これが最大です。棋士としての夢の頂点を放棄することになります。
  • 対局数の減少:順位戦(年間10局前後)がなくなるため、単純に対局数=対局料が減ります。
  • 強制引退の時計が回る:フリークラスには定年(原則65歳)や、在籍期限(転出後15年〜など)があります。順位戦にいれば成績次第で70代まで現役を続けられますが、フリークラスでは「終わりの日」が確定します。

人数

フリークラスに在籍する棋士の人数は、年度によって変動しますが、概ね全棋士の15%〜20%程度で推移しています。

2024年〜2025年現在、全棋士数が約170名前後であるのに対し、フリークラス在籍者は30名〜40名程度です。この数字は「意外に多い」と私は感じます。それだけ、順位戦という戦場から離れ、別の生き方を選んだ、あるいは選ばざるを得なかった棋士が存在するということです。

メンバー一覧

全員を列挙することは膨大になりますが、象徴的な存在としていくつかのパターンに分類できます。

分類特徴代表的な棋士の例(過去含む)
トップ棋士の転出A級やタイトル経験者が、自身のキャリアプランに基づき宣言。森内俊之九段
ベテランの転出C級1組やB級2組などで長く活躍した後、体力の衰えなどを理由に宣言。川上猛七段、中座真八段など
C2からの降級順位戦の成績不振により降級。ここからC2復帰を目指す若手・中堅もいる。(流動的であり、復帰を目指す若手も含まれる)
三段リーグ次点昇格三段リーグ次点2回などの規定で、フリークラス編入としてプロ入り。(制度利用者が少数存在する)

特に注目すべきは、「C2からの降級者」の中に、虎視眈々と復帰を狙う実力者が混ざっていることです。彼らにとってフリークラスは安住の地ではなく、這い上がるための蜘蛛の糸です。

森内俊之九段

フリークラスのメリットを語る上で、森内俊之九段の存在を避けて通ることはできません。

2017年、彼はB級1組への降級が決まった直後、フリークラスへの転出を宣言しました。当時、将棋界には衝撃が走りました。「十八世名人資格者」であり、永世名人の称号を持つ彼が、順位戦を放棄するなど前代未聞だったからです。

しかし、私の目には、彼の決断は極めて現代的で、賢明な「メリットの最大化」に映りました。

彼は転出後、YouTubeチャンネル「森内俊之の森内チャンネル」を開設し、新たなファン層を開拓しました。また、将棋連盟の専務理事としても手腕を振るいました。もし彼がB級1組で泥沼の順位戦を戦い続けていたら、これほど柔軟な活動はできなかったでしょう。

さらに驚くべきは、フリークラス転出後も彼の棋力は錆びついていないことです。NHK杯などのトーナメント棋戦では若手強豪をなぎ倒す姿が見られます。「順位戦の準備」という重荷を下ろしたことで、純粋に将棋を楽しむ余裕が生まれ、それが好結果に繋がっているのではないでしょうか。

森内九段の例は、「順位戦を捨てることが、棋士としての魅力を損なうことにはならない」という最大の証明なのです。

もしあなたが将棋ファンなら、ABEMA将棋チャンネルで彼の解説を聞いたことがあるでしょう。その穏やかな語り口の裏には、自ら道を選び取った棋士の矜持が隠されているのです。

将棋のフリークラスはメリットよりも後悔が大きい?

将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

ここまでメリットを強調してきましたが、光が強ければ影も濃くなります。フリークラスには「後悔」という二文字が常に付きまといます。私は、実際にフリークラスに落ちてしまった棋士の手記やインタビューを読むたび、胸が締め付けられる思いがします。

後悔する?

「あの時、あの一手を指していれば」

C級2組から陥落した棋士の多くは、そう嘆くと言います。宣言して転出した棋士は納得ずくですが、成績不振で落ちた棋士にとって、フリークラスは「後悔の独房」になりかねません。

特に若くしてフリークラス入りしてしまった場合(三段リーグ次点昇格や、若手での降級)、周囲の同期たちが順位戦で昇級争いをしているのを横目に、自分だけ蚊帳の外に置かれる疎外感は凄まじいものでしょう。

また、宣言転出したベテランであっても、「まだ戦えたのではないか?」という疑念が頭をよぎる夜があるかもしれません。将棋というゲームは、勝てば官軍、負ければ地獄。フリークラスはその「地獄」の入り口に近い場所であるという事実は否定できません。

学ぶことへの情熱が尽きない棋士にとって、ブックライブKindleで最新の戦術書を読み漁っても、それを披露する最高の舞台(順位戦)がないことの虚しさは、想像に難くありません。

給料

非常に生々しい話ですが、生活を支える「お金」についても触れなければなりません。

将棋棋士の収入は、主に「基本給(参稼報償金)」と「対局料・賞金」で構成されています。順位戦のクラスは、この基本給に直結します。

  • A級:高額な基本給+名人戦対局料
  • C級2組:一般的なサラリーマン程度の基本給
  • フリークラス:C級2組と同等、あるいはそれ以下の基準

フリークラスの棋士も基本給は支給されますが、ボーナスとも言える「順位戦の対局料」がゼロになります。これは年収ベースで数百万円単位のダウンに繋がることもあります。

だからこそ、フリークラスの棋士は他の棋戦で勝ち進むか、普及活動で稼ぐ必要があります。生活の安定という観点では、やはり順位戦在籍者に比べて不安定になるのは否めません。

引退規定

フリークラスは「終わりの始まり」です。ここには厳格なタイムリミットが存在します。

宣言者の場合、転出してから「15年間」ないし「満65歳」を迎えると引退となります(早期に転出した場合は、C2在籍可能年数を加算する特例もあります)。

一方、C2からの降級者の場合、さらに過酷です。「10年以内」にC級2組へ復帰できなければ、その時点で引退となります(60歳を超えるとさらに短縮されます)。

「負けたら終わり」ではなく、「時間が来たら終わり」。このカウントダウンの音が、フリークラスの棋士の背中を常に押し続けているのです。それはメリットというよりも、冷徹な現実です。

定年

将棋界の定年は原則として65歳です(順位戦在籍者を除く)。

順位戦に在籍していれば、例えば加藤一二三・九段のように77歳まで現役を続けることも可能です(C級2組から落ちない限り)。しかし、フリークラスにいる限り、65歳という壁は絶対です。

「まだ指せるのに引退しなければならない」
65歳の誕生日が近づくと、多くのフリークラス棋士がこの葛藤に直面します。彼らが最期に見せる輝きは、散りゆく桜のように儚く、美しいものです。

フリークラスからC2に脱出・昇級に要する成績は?

将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

「ここから抜け出したい」

C級2組から陥落した棋士、あるいは制度を利用してプロになった棋士にとって、C2への昇級(復帰)は至上命令です。しかし、そのハードルは、私が思うに「理不尽」と言えるほど高いものです。

以下のいずれかの条件を満たす必要があります。

【フリークラスからC級2組への昇級条件】

  1. 「良い所取り」で、連続30局以上の勝率が6割5分以上であること。
    (例:20勝10敗、21勝11敗など)
  2. 年度対局数が「(参加棋戦数+1)×3」局以上であること。
    (おおよそ年間30局程度対局すること)
  3. 年間対局の成績で、「参加棋戦数+8」勝以上の成績を挙げ、なおかつ勝率6割以上であること。
  4. 全棋士参加棋戦で優勝、またはタイトル戦挑戦。

数字だけ見ると「頑張ればいけるのでは?」と思うかもしれません。しかし、フリークラスの棋士は予選の最初の方で強豪と当たることが多く、また対局間隔も空きがちです。その中で「勝率6割5分」を維持するのは至難の業です。

実際、フリークラスからC級2組へ復帰できた棋士は、長い歴史の中で数えるほどしかいません。島本亮五段や、古くは伊藤能六段などが達成しましたが、それはまさに「地獄からの生還」と呼ぶにふさわしい偉業なのです。

彼らが復帰を決めた一局は、名人のタイトル戦にも劣らない熱量を持っています。もし囲碁将棋チャンネルなどでそのような対局が放送されるなら、ぜひ注目してください。そこには、人生を賭けた男たちの執念が映し出されているはずです。

私の見解・考察

私自身の見解を述べさせてください。

フリークラス制度は、残酷でありながら、同時に将棋界の「優しさ」でもあると私は考えます。

勝負の世界において、弱者は去るのみ。それが本来の掟です。しかし、将棋界はこの制度を設けることで、ピークを過ぎた棋士や、一度躓いた棋士に対し、「セカンドキャリア」や「敗者復活戦」の場を用意しています。

フリークラスにいる棋士たちの将棋は、AI全盛の現代においても、どこか人間臭く、泥臭い魅力に溢れています。彼らは「最善手」だけでなく、「生き残るための一手」を指します。

私は、フリークラスを「メリット・デメリット」という損得勘定だけで語るべきではないと思います。それは、棋士が自らの引き際や、将棋との向き合い方を問い直すための、神聖な「猶予期間(モラトリアム)」なのです。

読者の皆様には、もしフリークラスの棋士が対局している姿を見かけたら、順位戦の棋士と同じ、いや、それ以上の敬意を持って見守ってほしいと願います。彼らは、終わりの見えた道を、一歩一歩踏みしめて歩いているのですから。

もちろん、研究を怠らない姿勢も重要です。Kindle Unlimitedで「将棋世界」を読み、最新情報をキャッチアップし続ける彼らの努力は、A級棋士のそれと何ら変わりません。

よくある質問Q&A

将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

Q1. フリークラスの棋士はタイトルを取れますか?

はい、可能です。理論上は竜王や王位などのタイトルを獲得できます。ただし、予選の最初から勝ち上がる必要があり、道のりは険しいです。

Q2. フリークラスからA級まで上がることはできますか?

C級2組へ復帰(昇級)すれば、そこから順位戦を戦い、B2、B1、A級へと上がることは制度上可能です。しかし、フリークラスから復帰してA級まで上り詰めた棋士はまだ存在しません。もし実現すれば、映画化間違いなしの奇跡となるでしょう。

Q3. フリークラスの棋士の指導対局はどこで受けられますか?

将棋連盟の道場や、個人の教室、あるいはオンラインサービスで受けることができます。彼らは教えるプロフェッショナルであることも多いです。もし興味があれば、良い将棋盤を用意して、プロの指導を受けてみてください。盤を通して伝わる彼らの「手厚さ」に感動するはずです。

まとめ:将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

将棋フリークラスのメリットと絶望|森内九段が選んだ衝撃の道

本記事では、将棋のフリークラスについて深掘りしてきました。

  • フリークラスは「順位戦」に参加しない棋士の総称であり、「宣言」と「降級」の2種類がある。
  • メリット:スケジュールの自由、特定分野への集中、降級のプレッシャーからの解放。
  • デメリット:収入減、名人への道が閉ざされる、強制引退へのカウントダウン。
  • 森内俊之九段のように、戦略的にフリークラスを選び、活躍の場を広げる棋士もいる。
  • C2への復帰は極めて困難だが、挑戦し続ける棋士の姿は美しい。

フリークラス。それは決して「終わった場所」ではありません。そこは、棋士という修羅たちが、それぞれの「将棋との距離感」を見つめ直し、最後の火花を散らすための舞台です。

私たちが彼らの対局から学ぶべきは、勝ち負けだけではありません。限られた時間の中で、いかに自分らしく戦い抜くかという、人生そのものの教訓がそこにはあるのです。

もしあなたがこの記事を読んで、少しでも将棋の奥深さに触れたいと思ったなら、まずは一冊、将棋の本を手に取ってみてください。あるいは、将棋を題材にした作品を見るのも良いでしょう。そこには、フリークラスの棋士たちが背負っているような、静かで熱いドラマが描かれています。